【甲子園】沖縄尚学が初優勝!15年ぶりの沖縄勢V──新垣有絃&末吉良丞の快投劇/東京対決を制した日大三と関東一の誇り「俺たちの分まで」|渋谷の仲介+α(プラスアルファ)|ロケット不動産株式会社
【甲子園】沖縄尚学が初優勝!15年ぶりの沖縄勢V──新垣有絃&末吉良丞の快投劇/東京対決を制した日大三と関東一の誇り「俺たちの分まで」
2025年夏、第107回全国高校野球選手権大会は、まさに歴史に残る熱戦の連続でした。
決勝戦では沖縄尚学(沖縄)が日大三(西東京)を 3-1 で下し、悲願の 夏の甲子園初優勝。
沖縄県勢としては2010年の興南以来、実に15年ぶりの夏制覇となり、沖縄の高校野球史に新たな1ページが刻まれました。
◆ 勝負を決めた「宜野座の勝負強さ」
1-1で迎えた運命の6回表。二死一塁からの二盗成功でチャンスを広げると、4番・宜野座恵夢捕手(3年)が冷静に左前へ弾き返し、勝ち越し打。
さらに8回には適時二塁打を放ち、ダメ押しの3点目を奪いました。
試合の流れを変えたのは「ここ一番で打てる主砲」の存在感。仲間の信頼を背負った宜野座の一打が、沖縄尚学を勝利へ導いたのです。

◆ 2年生バッテリーの快投リレー
初回に1点を失ったものの、先発・新垣有絃(2年右腕)はすぐに修正。伸びのあるストレートと切れ味鋭い変化球で日大三の強力打線を翻弄し、8回途中まで無失点の力投を続けました。
そして、2年生左腕・末吉良丞にバトンを託すと、9回に一死一・三塁の大ピンチを背負うも、最後は併殺でゲームセット!
雄叫びとガッツポーズでマウンドを駆け回る姿は、観客の心に深く刻まれました。
これで夏の甲子園優勝投手は 仙台育英(22年)→慶応(23年)→京都国際(24年)→沖縄尚学(25年) と、4年連続で2年生。
「世代交代の波」と「新しい時代の象徴」が、甲子園の舞台に鮮やかに示されました。
◆ 沖縄尚学の歩んだ歴史
1956年創立の沖縄尚学。野球部は57年に創部し、春は99年、08年と優勝経験がある名門です。
比嘉公也監督(44)は99年春の優勝投手。選手としても監督としても甲子園で頂点を極めるという、まさに「勝者のDNA」を体現する存在となりました。
これまで春夏通算で19回の甲子園出場を誇りながら、夏だけは届かなかった頂点。
その悲願を乗り越えた今回の優勝は、沖縄県全体にとっても大きな希望となったことでしょう。
東京対決を制した日大三──関東一の誇りと託した想い
準々決勝では「東京勢同士の意地」がぶつかる一戦。日大三(西東京)が 関東一(東東京)を5-3で破り、2018年以来7年ぶりにベスト4進出を果たしました。
関東一は序盤から粘り強く食らいつき、最後まで諦めない姿勢を見せましたが惜敗。試合後、主将の越後駿祐(3年)は「絶対優勝しろよ。俺たちの分まで頼む」と日大三ナインに声をかけ、その清々しい姿勢が多くの人の胸を打ちました。
そして、この 関東一は江戸川区の高校。ロケット不動産の本拠地である江戸川区から甲子園へ挑んだ球児たちの奮闘は、地域の人々に大きな誇りと勇気を与えてくれました。
◆ ロケット社長の視点
高校球児たちの姿を見て、私は不動産の仕事との共通点を強く感じます。
「街を育てること」と「人を育てること」は、ともに時間と努力の積み重ねが必要です。
沖縄尚学が仲間を信じ、苦難を乗り越えて歴史を変えた姿。
江戸川区・関東一が悔しさを糧に未来へ思いを託した姿。
どちらも「挑戦する心が未来を築く」ことを私たちに教えてくれました。
ロケット不動産も、地域に根差しながら「挑戦する人と街を応援する存在」であり続けたいと思います。
沖縄の空に響いた歓喜の声。
そして江戸川区から甲子園へ挑んだ誇り。
2025年の夏は、未来を信じて戦った若き力が日本中を熱くした大会でした。
ページ作成日 2025-08-23
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